ドラゴンボールの世界観・楽しみ方について その1
オッス!ウツミです。
「皆さんは、ドラゴンボールをどのような観点から捉えて楽しんでいますか?」
さて、前回は上記の問いを皆さんに語りかけて締めましたが、どう思われたでしょうか?
この問いに正確な答えなどないのかも知れません。人それぞれですし。
今回は、私の場合はどうか、をドラゴンボールの世界観についても触れながらお話しできればと思っています。
まず、ドラゴンボールの世界観の捉え方・楽しみ方は様々あって、思い付く限り例を挙げると
▶漫画作品であり、その読者として
▶同上 あるキャラクターに感情移入して
▶同上 地球に住むひとりとして
▶アニメ作品であり、その視聴者として
▶同上 あるキャラクターに感情移入して
▶同上 地球に住むひとりとして
▶ゼノバースの設定を踏まえて、タイムパ
トローラーとして
▶ドラゴンボールヒーローズやドッカンバ
トルの設定を踏まえて、乱れた世界を救
う者として
▶ファイターズの設定を踏まえて、リンク
主として
色々挙げてみましたが、いくつも兼ねている方も多いのではないでしょうか。
私も同じくです。
箇条書きにしてみましたが、イマイチ意味が伝わって来ない方もいらっしゃる可能性があるので改めて言い換えると、
私がある時ふと思い立って、考えなければならないな、と思ったのは「ドラゴンボールをどの視点から楽しめばいいのか?」ということです。
ドラゴンボールという漫画、アニメの作品としてなのか、登場キャラクターに感情移入して世界に入り込むのか、今もどこかで地球を救ってくれている悟空たちを、関わらず傍観している地球人としてなのか、ゼノバースやファイターズが設定したタイムパトローラーやリンク主としてなのか、という感じです。
特にゼノバースやファイターズの2つの設定は画期的発想だと思っています。
私の場合は、ゼノバースやファイターズをプレイする時はその設定に乗っかります。
しかし私は構造に拘る性分なもので、その性格上先に述べたゲームの場合以外は読者として、視聴者としてというのがほとんどでした。強いて言うなら、お気に入りのキャラクターであるベジータに感情移入することもありましたが、感情移入するというのは少し違うなという感覚でした。ベジータについては、また今度語る機会を作りたいと思います。
話を戻しますが、構造に拘る性分から、ひとつの作品として捉える色が強かった私ですが、これまたある時から少し観点が変わってきました。
少し長くなってしまったので、今回をその1と題し次回、観点・捉え方の変化をお話ししたいと思います。
それでは
「次回もぜってぇ読んでくれよな!」